なぜ京都産業大学ではなく、加計学園が選ばれたのか――公開資料から検討する

前回のエントリーでは「今治市・愛媛県では長年に渡って獣医学部新設に向けた特区指定を目指しており、加計学園が獣医学部を担うことは、当初から今治市・愛媛県サイドで内定していた可能性がある。正式に加計学園が採用された経緯については、事業者の公募期間が短い等、選定方法の適切さに疑問が残るものの、加計学園を採用するのは今治市・愛媛県サイドの既定路線であり、ここにいわゆる『総理の意向』が働いた形跡は認められない」という私見を披露しました。

※なおその後、さらに資料漁りをしていましたら、「日本獣医師政治連盟役員会」の平成20年度第1回議事概要に行き当たりまして、そのなかで獣医学部新設要望の動きについて「今治市と愛媛県から内閣構造改革特区推進本部に対し、……学校法人加計学園が獣医学部を設置し、……四国地域における獣医師の需給緩和に寄与するためとし,「特区」申請がなされた」と報告されています。このことから、今治市・愛媛県サイドで加計学園が内定していたことは、ほぼ間違いありません。

『平成20年度第1回日本獣医師政治連盟役員会の議事概要 ※発言該当ページ』
http://nichiju.lin.gr.jp/mag/06105/a13_2.htm

しかしながら、これはあくまで「特区の内部」でのお話です。加計学園が選定されたことに付き纏う疑惑は、「特区と特区の間」にもあります。すなわち、獣医学部新設は、京都府の京都産業大学も望んでいたのに、なぜ加計学園だけが選ばれたのか。はじめから「総理の意向」で「加計学園ありき」だったのではないか、というのがそれです。

本稿では、前回と同様、ネット上に公開されている資料を基に、加計学園が選ばれた経緯を追跡してみたいと思います。

ではまず、獣医学部の新設が、内閣府サイドでどのように取り上げられてきたのかを確認するため、「国家戦略特別区域諮問会議」の議事録等を追ってみましょう。

「国家戦略特別区域諮問会議(以下『諮問会議』と略)」とは、国家戦略特別区域法(以下『特区法』と略)で設置が定められており、総理が特区を指定したり、特区の事業計画を認定したりする際に、その妥当性等について審議・意見するための機関です。

諮問会議で獣医学部についてはじめて触れられたのは、平成27年6月29日に開催された第14回会議で、議事録には「獣医師養成系大学は、40年以上新設されていないのですが、 今、エボラその他いろいろな獣に由来した病気が伝播しています。したがって、こういう 研究者をつくるということは非常に大切なので、獣医大を新しく新設することを検討することになりました」との発言が記録されています。

『第14回国家戦略特別区域諮問会議(議事要旨)』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai14/gijiyoushi.pdf

この時点では、今治市・愛媛県はまだ特区の指定を受けておらず、また獣医学部の新設も規制改革のメニューにありませんでした。なお、どうして獣医学部を新しく作るのに特区が必要なのかおさらいしておきますと、大学の設置認可については、平成15年に文科省が告示した「大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準」において示されているところですが、その第一条第四項で「……獣医師……の要請に係る大学の設置若しくは収容定員増又は医師の養成に係る大学等の設置でないこと」としており、文科省は獣医学部の新設はおろか、既存学部の定員増すら認めておらず、またこの方針を変える気もさらさらなかった。そのため、もし獣医学部を新設したいのなら、内閣府の後ろ盾を得て特区となり、規制を緩めてもらわねば実現不可能でした。

『大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準』
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/10/27/1260236_1.pdf

なぜこの第14回会議で取り上げられたのかについては、それを直接示す資料は見当たらなかったので詳細はわかりません。ただ、内閣府では規制改革をさらに推進するため、特区の範囲拡大と新たな規制改革メニューの追加を検討していたところでした。特に新規メニューについては、各自治体の要望内容を基に検討することになりますから、内閣府はすでにどこの自治体が何に取り組むために特区指定を希望しているのか、概ね把握していたものと思われます。そのなかのひとつとして、「今治市・愛媛県が獣医学部新設を特区でやりたがっている」ことも承知済みであり、次の応募の際にエントリーできるよう、検討事項に前もって加えたものと思われます。

※後日捕捉。平成26年7月18日に開かれた新潟市の区域会議で獣医学部新設の提案があり、それをきっかけに国家戦略特区ワーキンググループが、数度に渡ってこの件について担当省庁にヒアリングを実施。第14回諮問会議の24日前の6月5日には。「国際水準の獣医学教育特区」を提案した今治市・愛媛県にヒアリング。6月8日にはこの件について担当省庁にヒアリング。「需給調整は必要」とする文科省と、「それは市場が決めること」とするWG委員との溝はついに埋まらず。

かくして、当会議の翌日、平成27年6月30日に閣議決定された「「日本再興戦略」改訂2015」には「獣医師養成系大学・学部の新設に関する検討」が盛り込まれることになります。

『平成27年6月30日 日本再興戦略改訂2015 本文(第二部及び第三部)』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/dai2_3jp.pdf

当改訂により、規制緩和の対象は大幅に広がり、改革をさらに前進させるべく、特区の第三次指定区域の選定が始まります。平成27年11月27日開催の第17回会議でこのことが議題に上っていますが、当選定には43もの自治体が名乗りを上げ、その31番目に今治市・愛媛県が「獣医学部検討」でエントリーしていることが確認できます。

『資料2 国家戦略特区の3次指定について』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai17/shiryou2.pdf

次の平成27年12月15日開催の第18回会議において、第三次指定は千葉県千葉市、福岡県北九州市、そして広島県及び愛媛県今治市の3区域する案について諮問会議への意見照会が行われ、特に異議なく承認。平成28年1月29日付けで「国家戦略特別区域を定める政令」が改正され、同3区域が正式に特区となります。

さて。今治市・愛媛県は43もの自治体の中から選ばれたわけですが、そもそも今治市・愛媛県は特区としてふさわしくなく、選ばれたこと自体が「不適切」で、つまりは「総理の意向」が働いたからこそ特区になれたのでは、という声も聞かれます。

特区の指定基準については「国家戦略特別区域基本方針」で掲げられています。そこには「特区の指定に当たっては恣意的な指定とならないよう、その検討過程の透明性を確保するととともに、可能な限り定量的な指標も活用しつつ、客観的な評価に基づいて検討を行うこと」とされ、評価の基準としては、プロジェクトの先進性・革新性等、地方公共団体の意欲・実行力、プロジェクトの実現可能性等が挙げられています(15ページ)。

『国家戦略特別区域基本方針』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/kihonhoushin.pdf

「客観的な評価」を行うとなると、一般的な行政のやり方であれば、それぞれの事項について細かく評価項目を設けてポイントづけし、そのポイントの高い方から順に何番目までを採用、とするところです。これならば確かに公平・公正だと言えるでしょうが、しかしこのやり方は、それぞれの地域の特徴や強みをばっさり捨象して、評価する側の好みのかたちに標準化した上でその優劣を競うというものです。要するに学校の試験と同じで、生徒はそれぞれ個性的な才能を持っていますけれど、画一的な試験では、それを発掘したり、伸ばしたりすることは困難です。

また、こうした評価項目は複雑なものとなりますから、政治家ではなく官僚が作成することになるでしょうが、特区の主旨のひとつは、その官僚が築き上げた規制に風穴を開けることです。つまり、当の官僚に「お任せ」してしまうと、官僚が自身の既得権を守るのに好都合な評価指標を作成して、終いには特区制度そのものが「岩盤規制化」するおそれがある。それでは元も子もありません。

特区の狙いを実現するならば、ガチガチに評価基準を設けるのではなく、政治家自身の信念と判断によって柔軟に運用していくよりありません。その意味で、政治家の「恣意性」をまったく排除することは不可能ですし、特に総理は、リーダーシップを発揮して規制改革を先導する役目を果たさなければなりませんから、「総理の意向」が重視されるのは、制度設計上の仕様ともいえます。

本稿の本筋から逸れてしまいますので、特区制度そのものの批評はいたしません。ここでは、特区制度は官僚主義的な視点では見えてこない、日本社会にブレイクスルーをもたらすような、意欲的かつ挑戦的で、しかし行政であれば失敗を恐れてまず手をつけないリスク含みの案件を、内閣府が主導して取り上げ、後押しするものであることを確認するに止めておきます。

とまれ、今治市・愛媛県は諮問会議において「とりわけ獣医学部等々を含むライフサイエンス系の問題にこの地域が取り組もうとしているところは、……高く評価すべき」と好評を得ています。先だって医学部が特区により38年ぶりに新設された一方、獣医学部は47年間(当時)新設されていませんでしたから、より堅牢な岩盤規制に対しても、内閣府は果敢に挑んでいるのだと内外にアピールする「目玉事業」としても打ってつけであり、選定前から有力視されていたのではないでしょうか。

『第18回国家戦略特別区域諮問会議(議事要旨)』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai18/gijiyoushi.pdf

ここで注意したいのは、この時点では、後々問題となるような「獣医学部のない地域」に限って「1校」のみ認める、という規定はなかったことです。上述しました「日本再興戦略改訂2015」において、獣医学部の新設については次のように記されています。

「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う」

この記述からは、今治市・愛媛県以外の自治体を除外するような意図は見られません。そればかりか、「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想」という文章の現在の提案主体とは、今治市・愛媛県のことを暗に示しているとも解釈でき、その場合、これは「今あんたらが提案しているようなフツーの獣医学部じゃパンチが足らん。もっと攻めの構想を練ってからエントリーしろ」という、内閣府から今治市・愛媛県への注文とも読めます。

ともあれ、規制改革の「象徴」として獣医学部の新設は非常に魅力的であり、また今治市・愛媛県は長きに渡って本件を要望しており、特区にかける想いは折り紙つきでしたから、特区に選ばれたことはそれほど不自然ではないと思います。総理がわがままいってねじこまなければ選ばれなかった、と勘繰るのは少々無理があるのではないでしょうか。

一方、この獣医学部新設に向けた動きに対し敏感に反応した者がいます。日本獣医師会及び同会長です。

第18回会議の3日後、平成27年12月18日付で発行された日本獣医師会の「会長短信「春夏秋冬」」の第29号は、「驚きのニュース」と題して、今治市・愛媛県の特区指定を痛烈に批判し、獣医学系大学、また「政連等における獣医学部新設反対の活動は、これからが本格的な山場に入った」と危機感をあらわにし、さらに「本件を契機として次々と設置申請が認可されることは、何としても阻止しなければ」ならない、と意気込んでいます。

『会長短信 春夏秋冬(29)』
http://nichiju.lin.gr.jp/test/html/aisatsu/shunkashuutou/log29.html

日本獣医師会も、文科省も、何も理由がなくイジワルで新設を認めていなかったわけではありません。獣医師の需要は十分に足りているという認識のもと、新設する予算があるなら既存の学部の質を高める方に回すべき、という方針をずっと貫いてきたのです。この日より、日本獣医師会のロビー活動が関係各所で展開されたであろうことは想像に難くありません。

そんななか、日本獣医師会にとってさらに「驚きのニュース」が届きます。

京都府の含まれる「関西圏国家戦略特別区域」が平成28年3月24日に開催した第8回会議において、京都府が「新たな獣医学部・⼤学院研究科の設置のための抑制解除」として、京都産業大学を主体とした獣医学部の新設を提案したのです。

『資料4 関西圏提出資料』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/160324goudoukuikikaigi/shiryou4.pdf

提案といっても、区域計画案に乗せるための下準備として、区域会議での検討事項に上げておくことが目的です。ただ、この提案が議題に上っていることは非常に重要です。というのも、こういった会議で取り上げる議題は、知事レベルから事務方担当レベルまで、様々な主体間で綿密に調整した上で決まります。ですから、内閣府の関係者が、京都府がさらなる獣医学部の新設を提案することを事前に知らないはずがない。京都産業大学の獣医学部新設が最初からNGであるならば、そもそも議題に上るはずがないのです。

ゆえに、この頃までの獣医学部に対する内閣府の方針は「新しいことにチャレンジするなら、今治市・愛媛県に限らずドンドンやってちょうだい」だったと推測できます。少なくとも、今治市・愛媛県に「限定」して京都府は排除しよう、という意図も予定も、この頃はなかった。

しかし、この動きに対して日本獣医師会は猛烈に反発します。

平成28年6月24日付けの「会長短信 春夏秋冬」第35号では、「外圧に屈せず一枚岩の団結で」と題し、特区における新たな獣医学部・大学院研究科の設置の動きを取り上げています。名指しはされていませんが、「iPS細胞等再生医療」に係る取り組みをしている特区であることは言及されていますので、京都府・京都産業大学のことであることは明確です。

当通信によれば、日本獣医師会の地方会に対し、地元自治体から「本件に協力するよう強い要請があった」ため、「協力する旨の文書を発出せざるを得なかった」として、今後も政治・行政側から同様の圧力がかかるおそれがあるとして、各会員に注意を促しています。

また、京都府の案件は日本再興戦略で示された獣医学部新設の条件に該当するとは思えないとの見解を示し、圧力に屈することなく、「一枚岩の団結で」反対を貫いていくことを呼びかけています。

『会長短信 春夏秋冬(35)』
http://nichiju.lin.gr.jp/test/html/aisatsu/shunkashuutou/log35.html

日本獣医師会の予想を上回る反発に遭い、獣医学部新設の規制改革はにわかに暗雲が立ち込めてきました。内閣府が「京都府・京都産業大学の案件をこのまま進めれば、日本獣医師会と政権との関係が修復不可能なほど悪化するやもしれない」と判断してストップをかけたか、あるいは京都府・京都産業大学が日本獣医師会の反対を受けて自粛したか、地方の獣医師会が、本家からの指示で「非協力」に転じたか、いろいろ理由は想像できますが、平成28年3月24日の区域会議を最後に、京都府からの獣医学部新設の提案はぱったりと止んでしまい、区域計画に盛り込まれることはついにありませんでした。

※訂正。平成28年10月17日の国家戦略特区ワーキンググループで京都府と京都産業大学が獣医学部設置についてヒアリングを受けている。WG委員は、文科省や獣医師会の反対が強いので、特区で突破する戦略を練りましょうと提案。しかし後述のとおり、それから1か月足らずで京都府案は事実上対象外となる。

一方、今治市・愛媛県の方では、平成28年3月30日に開催された第1回目の「広島県・今治市国家戦略特別区域会議」で、菅今治市長が獣医学部新設に向けて早急に準備を進めていきたい旨を述べ、また諮問会議のメンバーが「獣医学部の新設は重大な改革」であり、「日本全体にとって必要なもの」だからがんばって欲しいと激励するなど、いけいけどんどんの空気が漂っています。また、平成28年9月21日開催の第1回今治市分科会において、特区として獣医学部新設を正式に提案する方針であることが確認されるなど、着々と準備が進んでいきます。

『広島県・今治市国家戦略特別区域会議(第1回)議事要旨』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/hiroshimaken_imabarishi/dai1/gijiyoushi.pdf

そして、平成28年11月9日に開催された第25回諮問会議において、獣医学部の新設が追加の規制改革事項として正式に加わることになります。しかし、その内容には、以前はなかった「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とする」との文言が盛り込まれています。関西圏には大阪府立大学に獣医師の養成機関があるため、この時点で京都産業大学は規制対象から外れることとなりました。

『平成28年11月9日 国家戦略特区における追加の規制改革事項について(案)』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai25/shiryou3.pdf

あくまで推測にはなってしまいますが、遅くとも平成28年6月には、日本獣医師会は京都府の獣医学部新設の動きを掴んでいます。日本獣医師会としては、今治市・愛媛県での新設については、心の底から反対ではあるけれど、ともかくそれ以上のさらなる新設は何としてでも阻止する、という構えでした。内閣府としては、規制改革の「目玉」であり、今治市・愛媛県の長年の願いだった獣医学部新設そのものを頓挫させるわけにはいきません。そこで、最終的には政治的判断から「今治市・愛媛県は該当するけれど、京都府は非該当」となる条件を設け、当面、次の獣医学部新設はないことを示し、事態の鎮静化を図ったものと思われます。

しかし、日本獣医師会はまだ満足しませんでした。

先に、獣医学部新設を規制していたのは、文科省の「大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準」という告示があるから、と説明いたしました。獣医学部新設には、この告示を一部改正しなければなりませんが、このことについて内閣府はパブリックコメントを募集します(平成28年11月18日~12月17日まで)。

『「文部科学省関係国家戦略特別区域法第二十六条に規定する政令等規制事業に係る告示の特例に関する措置を定める件の一部を改正する件(案)」に関する意見募集の結果について』
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=095161090&Mode=2

だいたいのパブリックコメントは、10件も意見が寄せられれば多い方なのですが、本件では976件もの意見が提出され、その8割が反対意見でした。しかし、反対意見が容れられることはなく、平成29年1月4日付け、内閣府と文科省と共同で特例措置を定めることが告示されます。しかし、この告示には、平成28年11月9日の規制改革事項にはなかった、「一校に限り」という条件が追加されています。

『文部科学省関係国家戦略特別区域法第二十六条に規定する政令等規制事業に係る告示の特例に関する措置を定める件(平成27年内閣府・文部科学省告示第1号)』
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/170104_kokka-monka.pdf

もはや地域要件さえ消え失せ、実質上、今治市・愛媛県に限定して認めるものとなりました。どうしてこうなったのか。日本獣医師会が雄弁に語っています。

平成29年1月30日付けの「会長短信 春夏秋冬」第35号において、先のパブリックコメントについて「皆様方から多数の怒りのコメントを提出いただ」いたとあり、あの反対意見の山は、日本獣医師会の旗振りで組織的に集めたことが窺えます。

また、ここからが重要なので、少々長いのですが引用します。

「この間、私や日本獣医師政治連盟の北村委員長を始めとした本会の役職員は、できれば獣医学部新設決定の撤回、これが不可能な場合でもせめて1校のみとするよう、山本幸三地方創生担当大臣、松野博一文部科学大臣、山本有二農林水産大臣、麻生太郎自民党獣医師問題議員連盟会長、森英介同議員連盟幹事長など多くの国会議員の先生方に、本会の考え方にご理解をいただくよう奔走いたしました。
 このような皆様方からの多数の反対意見、大臣及び国会議員の先生方への粘り強い要請活動が実り、関係大臣等のご理解を得て、何とか『1校に限り』と修正された改正告示が、本年1月4日付けで官報に公布・施行されました。」

「この間」というのが、パブリックコメントの募集期間のことなのか、または、特区での獣医学部新設の可能性が出てきた平成27年6月30日の日本再興戦略2015改訂の頃からなのかは定かではありませんが、しかし、日本獣医師会が精力的に反対の働きかけを強めていたことがわかります。そして、突然、告示に盛り込まれた「1校に限り」の条件は、この反対運動の成果であったと、日本獣医師会自身が誇らしげに語っているのです。

『会長短信 春夏秋冬(42)』
http://nichiju.lin.gr.jp/test/html/aisatsu/shunkashuutou/log42.html

まとめましょう。

まず、特区での獣医学部新設は、今治市・愛媛県からの要望がきっかけで規制改革メニューに盛り込まれたものではありますが、当初、内閣府では今治市・愛媛県に限定するつもりはなく、むしろ意欲的な取り組みが他にもあれば認めていく方針でした。しかし、京都府・京都産業大学も今治市・愛媛県に続いて獣医学部新設に向けて動き出したころから、日本獣医師会の反対運動が激化。日本獣医師会との決定的な対立は避けたい内閣府は、獣医学部のない地域に限定することで京都府・京都産業大学を暗に対象から外すことにしたが、それでも不十分と見た日本獣医師会が告示前にスパートをかけ、さらに「1校に限り」という文言を引き出してひとまず手打ちとした、とこれが事の顛末なのだと考えられます。

告示の内容だけ見ると、あたかも内閣は最初から今治市・愛媛県「だけ」に認める考えであったかのように錯覚してしまいますが、順をおっていくと、地域や校数の限定は当初からの方針ではなく、日本獣医師会をはじめとする反対勢力との政治的駆け引きの末に生れた鬼子なのです。

もちろん、京都府・京都産業大学を外す前に、今治市・愛媛県のプランと比較して、前者の方が優れていたならば、逆に今治市・愛媛県を外すような要件を設定すべきだったのでは、という声もあるでしょう。しかし、京都府・京都産業大学が新設を提案したのは平成28年3月24日。すでに今治市は広島県とともに特区の指定を受けており、獣医学部新設に向けていち早く動き始めていました。その今治市に向かって「あなたのところは長いこと獣医学部新設を要望していたし、その熱意を評価して特区指定したけれど、あなたのとこよりも優秀な取り組みがあるみたいだから、もう準備進めてるところ悪いけど、いったん白紙にしてね」と通告するのは、はたして適切といえるでしょうか。

以上、長々と書き連ねてきましたが、過去の資料を読み解いていますと、「総理の意向」で京都府・京都産業大学が外され、恣意的に今治市・加計学園が選ばれた、というストーリーは成り立たないと思われます。当初は地域・校数の縛りはなく、内閣府としては、京都府・京都産業大学も、今治市・加計学園に続いて認可することもやぶさかではなかったと思われます。しかし、日本獣医師会の激しい抵抗の結果、どちらか一校しか通せない状況となり、仕方なく、長年準備を進めてきた今治市・加計学園を優先して認めることにしたのでしょう。つまりは「総理の意向」で今治市・加計学園が選ばれたのではなく、むしろ「総理の意向」程度ではどう仕様もない状況に陥り、政治的判断の結果、今治市・加計学園に限定せざるをえなくなった、と見るべきではないでしょうか。

となりますと、なぜこの「加計学園問題」がここまで「問題化」しているのか、という疑問が浮かんできます。そもそも、「総理の意向」というのが非常に問題視されていますが、上述のとおり、今治市・加計学園が選ばれたのは政治的必然だったと評すべきですし、特区制度自体が、官僚主義的な行政を打破すべく、極端な言い方をすれば、「総理の意向」が十分に反映されるよう設計されているのですから、批判するなら特区制度そのものを批判すべきです。

特区制度は、内閣府を中心とする「政治主導」の柱といえる取り組みです。これに対し、特区制度ではなく、「総理の意向」そのものを問題視しするかたちで、批判が噴出している。となりますと、当然考えられるのが、総理がリーダーシップを発揮する「政治主導」を快く思わない勢力が、その頓挫を狙って仕掛けた「情報戦」なのではないか、という線です。

私は、この「加計学園問題化問題」の本丸は、まさしくこの線にあるのだと見ています。とまれ、本稿の目的は達せられましたので、本稿はここで閉じさせていただき、「本丸」についてはまた別稿で改めて論じさせていただきます。

加計学園問題を公開資料から検討する

国家戦略特区に設定されている今治市(正確には「広島県・今治市」)における獣医学部新設「問題」は、どうにも「スキャンダル」の方面に過熱しているように思えますが、こういうときは熱に浮かされることなく、ひとつ「源流」を遡ってみるのが良いでしょう。

まず、ひとつ押さえておきたいのが、獣医学部新設は今治市や愛媛県の「悲願」だった、ということです。今治市と愛媛県の連名で作成されている「平成21年11月構造改革特区提案申請説明資料」(下記URL)において「四国及び瀬戸内沿岸地域に獣医学部(科)を持つ大学が存在していなく獣医師の供給量が少ない」ことが問題視され、「全国唯一の獣医師養成機関空白地域であり、将来的にも獣医師不足が予測されている四国地域において、今治市に獣医大学を設置することで、適切な獣医師供給が可能」であると提言しています(4ページ)。

『平成21年11月構造改革特区提案申請説明資料』
http://www.city.imabari.ehime.jp/…/kouzoukai…/siryo16_01.pdf

このような提言は、関係する都道府県・市町村・関係機関との綿密な打ち合わせなしにはできませんから、獣医学部の必要性はもっと前から議論されていたと思われます。また、本資料では「学部共通教養科目のうち多くの科目を選択・受講できるような配慮をし、学校法人加計学園の3大学が協力し、多彩な科目でIT(ビデオオンデマンドなど)を活用した授業形態の実施を図る」と、加計学園が教育課程に関わる旨の記載があります(10ページ)。まだ特区に指定されていない時期なので、どこが獣医学部を担うのかは明言できない段階ですが、こうした提言は、仮に事が進んだ場合に手挙げしてくれる事業体にあらかじめ目星をつけておくものです。ですから、この時期に、すでに加計学園が新学部を担うことが「内定」していた可能性は十分にあります。

なお、平成21年11月時点というと、民主党が衆議院選挙で自民党に大勝し、鳩山紀夫内閣のもと、民主党が絶頂期にあった時代です。今でこそ「安倍一強」と言われていますが、第一次安倍内閣は当の首相の「体調不良」が原因で総辞職。もはや安倍氏の政治家生命は終わったと見られていた頃です。少なくとも、今治市・愛媛県が安倍氏の意向を汲んで加計学園を提言に加えたとは考えにくいでしょう。

また、獣医学部の新設が、後の特区指定後の「後付け」事項であったことから、そこに安倍首相の意向が及んでいるのでは、とする声もありますが、当資料によれば、獣医学部新設はもともと今治市と愛媛県が切望していたことだったとわかります。

平成24年12月に自民党が政権を奪取し、第2次安倍内閣が発足します。そして安倍首相の肝いりで平成25年12月に「国家戦略特別区域法」が制定され、国家戦略特区の指定がはじまります。

国家戦略特区は、国の省庁間あるいは省内内部署間の「ナワバリ」や、各利益団体の利権等が複雑に絡み合い、本当は改善すべきなのに、もはや各々の主体の意思ではどうにも変えられなくなった「岩盤規制」に対し、各自治体や民間団体の要請に応じ、その区域に限って内閣府が上から「えいや」と穴をあけ、改善の突破口を開くことを目的としています。

今治市はそれまで「構造改革特区」の指定を目指していましたが、「国家戦略特別区域法」が成立してからは国家戦略特区に切り替え、平成28年1月、広島県と共に「広島県・今治市国家戦略特別区域」に指定されました。

なお、当戦略特区においては、獣医学部の設置以外にも、「外国人創業活動促進事業」だとか、「特定実験試験局制度に関する特例事業」だとか、複数の取り組みがなされることとなっています。

『平成29年1月20日 広島県・今治市 国家戦略特別区域 区域計画』
http://www.kantei.go.jp/…/kuikikeikaku_hiroshimaimabari_h29…

獣医学部の件については、特に「今治市分科会」で話されています。平成28年9月21日に開かれた第一回の分科会では、菅今治市長が「今治市に獣医学部の新設は絶対に必要」と熱弁を振るい、また獣医学部の新設は「定員規制により、北里大学獣医学科の新設以来、 これまで50年にわたり新設されておりません。この厚く固い岩盤規制を突破するため、加戸前知事、中村知事、そして、私どもも再三にわたり、関係省庁へ要望を続けて」きたと述べ、これまでの努力が実を結び、今治市を越えた複数自治体の宿願がようやく叶うことの喜びを隠していません。

『今治市 分科会(第1回)議事要旨』
http://www.kantei.go.jp/…/hiros…/imabari/dai1_gijiyoushi.pdf

世間では、今治市の特区指定からして、安倍首相が「お友達」の加計学園に便宜を図るためだったのでは、と噂されていますが、少なくとも国家戦略特区への指定は、今治市を中心とする関係自治体の長年にわたる要望に政府がようやく応えたというのが実態です。

平成29年1月12日の第2回分科会では、渦中の加計学園が会議に出席しています。というのも、これに先立ち、平成29年1月4日付けで内閣府地方創生推進事務局より、獣医学部新設に携わる事業者を公募しており、加計学園のみがこれに応募したからです。

『今治市 分科会(第2回)議事要旨』
http://www.kantei.go.jp/…/hiros…/imabari/dai2_gijiyoushi.pdf
『広島県・今治市国家戦略特別区域会議の構成員 (特定事業を実施すると見込まれる者)の公募について』
http://www.kantei.go.jp/…/hiroshi…/imabari/dai2_shiryou5.pdf

この公募は、公募期間が平成29年1月11日までと非常に短く、その適切性には疑問がもたれます。ここでも「安倍首相の意向が働いたのでは」という疑惑が生じかねませんが、先に述べたとおり、安倍氏の政治家生命がほぼ消えていた民主党政権時代から、今治市・愛媛県の腹中で加計学園を選定することがほぼ内定していた可能性があり、また公募の根拠である「国家戦略特別区域法施行令」の第1条の規定では「特定事業を実施すると見込まれる者の数が公募を行う必要がないと認められる程度に少数であるとき」は「公募をしないで国家戦略特別区域会議の構成員として加える者を選定することができる」とあって、事業者を指定する要件はたいへん緩く、本当は直に加計学園を指定してもよかったけど、理由づけも面倒だし、とりあえず公募した体裁を整えた、というのが正直なところではないかと推測されます。

『国家戦略特別区域法施行令』
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H26/H26SE099.html

さて、第2回分科会でも、新設される獣医学部の意義や、四国・瀬戸内海の各地域で期待される役割等について熱い論議が交わされています。なかでも注目されるのが、当会に出席している「学校法人加計学園新学部設置準備室長」である吉川泰弘氏です。同氏は千葉科学大学の教授であり、感染症や防疫が主な専門のようですが、同氏のHPによれば、当室長には平成28年4月に「命じられて」就任しています。平成28年4月といえば、「広島県・今治市国家戦略特別区域」が設定されてまだ3ヶ月程度、公募の9ヶ月前です。まだ加計学園が選定されていない段階で準備に入っているところを見ると、すでに加計学園で内定していた線が濃いと考えるべきでしょう。

『吉川泰弘氏HP』
https://www.ayyoshi.com/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%…/

さらに気になるのが「命じられ」たという一言です。所属している千葉科学大学に、他の大学の室長になれと「命じられた」というのは不自然ですし、もちろん雇い主でも何でも無い加計学園に「命じられ」るいわれはありません。となれば、さらに上の組織から「命じられた」と考えるべきです。

「なるほど、ここで内閣府なり安倍首相なりがかれに『命じ』て、加計学園の便宜を図ったんだ」と推理する方もいるでしょうが、普通に考えれば「上の組織」とは獣医学界等の大学を横断する組織のことだと考えるのが妥当でしょう。となれば、今治市での獣医学部新設は、関係自治体や国のみならず、関係する業界が一丸となって取り組む一大プロジェクトへと発展しており、加計学園が学部の設置に携わることを既定路線として固めておかないと、事を前に進められない状態になっていたと思われます。


加計学園が獣医学部新設を担うことになったのは、関係自治体・関係団体が、民主党政権時代を含む長年にわたって練り上げてきた計画において、すでに加計学園で内定していたからで、それを規定に合わせて選定されたように見せたため、手続きに不自然な箇所が生じてしまった。それが「加計学園が選ばれたのは安倍首相の意向が働いたからでは」という疑惑を生む原因になった、と私はこう推理します。

いずれにせよ、獣医学部新設は今治市、そして近隣市町村・都道府県にとっては長年の願いであります。それが「アベの独裁」を印象づけるための政争の具にされている。果てはこの獣医学部も、森友学園と同様、政争に巻き込まれてスケジュールが間に合わず、開校を断念せざるをえなくなるかもしれません。前川前事務次官が言うように、もし特区の設置なり獣医学部の新設なりが「極めて薄弱な根拠のもと認められた」のであれば、それは「最後に正義が勝った」ということになりましょうが、いままで獣医学部新設に向けて尽力してきた人々にとっては、泣くに泣けない結末です。

※後日確認したところ、千葉科学大学は加計学園のグループ大学だったことがわかりましたので、誤っていた箇所を削除しました。しかし「獣医学部を加計学園が担うことは、今治市・愛媛県サイドで民主党政権時代から内定していたと推測され、安倍首相の意向が働いていたとは考えにくい」という論旨に変わりはありません。

今上陛下の御意思はわが国の立憲体制を護持するため否定しなければならないこと

今上陛下の退位を巡る問題については、以前も述べましたとおり、私の意見は「生前退位はもはや『違憲』であるから認めるべきではない」です。なぜなら、戦後のわが国においては、天皇はあくまでも「日本国民統合の象徴」であって、天皇の意思が政治を動かすことは、わが国憲法第4条に定めたる「天皇は…国政に関する権能を有しない」という規定に反するからです。

マスコミは、政府が「陛下の意志を尊重」しておらず、さらに政府が参集した有識者が「天皇は祈っているだけでよい」と発言したと報じて、政府の非情さを喧伝していますが、上に述べましたとおり、天皇の意志が尊重されるなど、わが国の立憲体制においてはもってのほかです。「天皇は祈っているだけでよい」という発言も非難がましく取り上げられていますが、わが国の憲法に照らせば、祈ることすらも余計なのです(一応断っておきますが、国事行為として行う儀式で祈ることは何ら問題ありません)。

今上陛下は、ご自身が天皇としての職務を全うできないことにいたく心を痛めておるようですが、憲法の第5条では摂政が国事行為を代行できるとあります。つまりわが国憲法は、天皇が心身に重大な問題を抱えて国事行為ができなくなった場合をあらかじめ想定しているのであって、もし今上陛下の気力・体力ともに限界を迎えた場合は、皇太子殿下が摂政となって国事行為を執り行えばよいのです(旧憲法下ではありますが、大正時代に前例があります)。

たとえば、目の前で犯罪が起こっているのに、犯人を捕まえようともしない警察官がいれば、私たちは「やつは警察官の名に値しない」と批判します。私たちにとって警察官とは、地位や職業ではなく、市民を守るために犯罪者を捕まえる職務を負った者であって、この職務を全うできない者は警察官の地位を剥奪されて当然と判断します。では天皇はどうでしょうか。天皇は「憲法に定める国事に関する行為のみ行」うとされていますが、しかし摂政の規定からもわかるとおり、天皇という地位において国事行為は、天皇であるために絶対不可欠の「職務」ではありません。警察官は「犯罪者を捕まえる職務を負った者」でありますが、天皇は「国事行為を行う者」ではない。

もうひとつ例を引かせていただきますが、たとえば鳥のハトは「平和の象徴」とされていますが、それはハトが平和を守るために身を粉にして働いているからではありませんし、ハトが平和について何か口出しすることもありません。それなのになぜ「平和の象徴」とされえいるのかと言えば、非常に身も蓋もない話ですが「人間がそうしたから」としか言いようがありません。しかし、私たちはこの「象徴化」によって、ハトを介して平和を愛する気持ちを互いに共有することができます。ここにおいて、ハトは「存在する」だけで十分に「平和の象徴」としての役目を果たせるのであって、ハトが何を欲しようが何をしようが、それがハトの「象徴」としての位置づけには何ら影響しないのです。

天皇にとって、国事行為は「オマケ」に過ぎません。陛下ご自身が国事行為を執り行えなくなっても、天皇という地位にとって何ら不都合はありませんし、「国民統合の象徴」としての機能にも何も支障は生じません。

ここで、戦後わが国において、天皇に「象徴」としての意義しか付与しなかったことの意義と目的とを提起すべきでしょう。旧憲法における天皇は、国家元首であり、国を統治する最高権力者でありました。明治天皇は指導者として腕を振るうこともありましたが、大正デモクラシー等を経て議会政治が発展した時代に即位した昭和天皇は、国政に口出しすることを極力控えました。しかし、それをいいことに、政治家も軍人も、自身こそが天皇の真の意思を(今風に言うと)「忖度」しているのだ、と称して暴走していったのです。

最高の権威をもった者は、仮に本人は政治に関わる意向がなかったとしても、そこに存在しているだけで権力者に利用され、国政に影響を与えてしまう。そのことを反省したわが国は、天皇を純粋な「象徴」として、政治とのかかわりを一切遮断したのです。

極端なことを言えば、わが国の憲政においては「天皇の意思」なるものが存在すること自体が不都合なのです。なぜなら、天皇に意思があれば、天皇の権威を利用しようと企むものが、その意思を「忖度」しているとして、自らの発言力を強化する余地が生じてしまうからです。それは「天皇」という地位は人間にしか就けない以上、仕様がないことではあるのですが、しかしそれが、戦前・戦中に起こったような権力者の暴走に結びつく可能性は十分にあると私は思います。その芽を摘むためにも、われわれ国民は、天皇はあくまでも象徴であり、その機能は「生きてさえいれば果たせる」こと、そして天皇の「意思」を認めたり、さらには国政の場において「尊重」しようという動きは、戦後わが国の立憲体制を脅かしかねない、という認識を再共有しなければならないと思います。

極右というリベラル急進派――自由は勝利したのか?

フランス大統領選は下馬評のとおり、極右政党・国民戦線のルペン氏を中道左派のマクロン氏がダブルスコアに近い差をつけて大勝しました。

これが右派躍進の歯止めとなるのか、それとも右派のさらなる躍進の序曲に過ぎないのかは現時点ではわかりませんが、しかしこの結果を「フランス国民は排外的・差別的で国粋主義の極右ではなく、自由・平等・博愛を掲げるリベラル派を選んだ」という図式で捉えると、これからの政治の流れを読み間違うおそれがあります。

そもそも、どうして極右政党が大統領選の決選投票に残るまでに勢力を拡大しているのでしょうか。日本でもそうですが、いわゆる右翼と呼び称される政治団体は、やたらとケンカ腰だし、言っていることも古臭くて時代錯誤で「スマートじゃない」と見なされ、特に若い人には人気がありません。ヨーロッパでも事情は同じで、ほんの20年前くらいまでは右翼の政治団体など見向きもされませんでした。

ヨーロッパの右翼団体は次第に支援者を失い、活動が先細りになっていくなかで起死回生の策に取り掛かります。とにもかくにも支援者を増やさないことには、団体そのものが消滅してしまいますから、一般人にも取っつきやすくなるよう、イメージの刷新を図ったのです。

その取り組みのひとつが「リベラリズムに則って右翼的主張を通す」という戦略を実行したことでした。

たとえば、あなたの暮らす地域に、女性の社会進出はおろか外出すらも制限し、外出の際は全身を覆う衣装の着用を義務付ける等、女性の人権を著しく損なっている人々がいるとしましょう。その人たちは、女性はみなそうすべきと主張しているわけではなく、自分たちの文化は伝統的にそうやって生活してきたからそうしているだけだから、放っておいてくれまいか、と言うのですが、特にリベラルな傾向の強い人は、同じ社会に暮らす女性が人権侵害を受けていることを看過できないでしょう。国や社会も罰金を課すなどの様々な制裁を通して、かれらの「改宗」を促すことになりますが、それでもなお止めなかったらどうしましょうか。

どこの自由社会でも、最終的な手段は同じです。つまり、こうした「人権侵害」をする人々を、社会から排除するのです。

日本でも近年、ヘイトスピーチ規制法が成立しました。リベラルな人々はこれを歓迎しましたが、この法律は「他者に非寛容な言動はゆるさない」という意思の現れです。リベラルは「他者への寛容」を美徳としますが、しかしその価値を守るためなら「他者へ非寛容な者への非寛容」をも辞さないのです。

事情はヨーロッパでも同じです。たとえばドイツであれば、かつてのナチスを称賛するような言動は厳罰に処されます。またフランスでも、ムスリム女性がスカーフ等の宗教文化に根付いた衣装を付けて学校に通うのは、フランスの掲げる「平等」に反するとして禁じられています。このように、リベラルな「寛容」は、寛容を否定する「非寛容」に対して戦うことによって保たれているのです。

ここに、ヨーロッパの右翼は目をつけました。

かれらは何とかして移民、特にムスリムの移民を排除したいのですが、そこにいかにも右翼的な差別的意識を持ち出してしまえば、自由と平等の価値を信じて疑わない大多数の人々からは顰蹙を買うだけです。だから、右翼は論法を変えました。すなわち、ムスリムは女性の人権を抑圧する等、ヨーロッパが愛する自由と平等の価値に従おうとしない。つまり、かれらは「他者に非寛容な者」であり、われらリベラルの敵であるからして、これを社会から排除しなければならないのだ、と。

かくして、ヨーロッパの右翼はリベラルの戦法を逆手に取り、リベラルの規範内で排除を正当化する理論を手に入れました。そして思想信条的には「リベラル急進派」とも評しうる装いを前面に押し出し、良心の呵責から移民反対を唱えられなかった国民から支持を集めることに成功したのでした。

マクロン氏とルペン氏の決選は、「リベラルvs極右」ではなく、「リベラル穏健派vsリベラル急進派」の争いだったと見ることもできます。すると、もしマクロン政権が「他者に非寛容な者」の跳梁跋扈を防げなければ、国民戦線含む極右=リベラル急進派が「真に自由・平等・博愛を守りとおせるのは自分たちだけだ」と勢いづき、さらに躍進するシナリオも十分にあり得ます。今後注目されるのは、フランス社会が今後、リベラルな価値規範からは外れる国内のムスリムとどう関係を築いていくのかということです。もしここで対応を誤れば、「リベラルな思想に基づく大規模な排除」という、およそ世界の思想史において最悪ともいえる結末が待っているかもしれません。

※そう考えると、シャルリー・エブド襲撃事件は、返す返すも厄介な前例になってしまいました。かの一件以降、ムハンマドの肖像画を描いてさらにかれを批判する、というムスリムにとって最大級の侮辱的行為も、フランス社会は表現の自由の一環として認めざるをえなくなりました。

立憲制が民主制を損なうとき――1票の格差是正に寄せて

去る4月19日、衆院選挙の区割り審は福島4区に3区の西郷村を編入する改定案を政府に勧告しました。

……と言われても、福島県民ではない方には何が「問題」なのかまったくわからないかと思います。しかしながら、ここの「問題」のポイントを押さえないことには本題に移れないものですから、少々ご堪忍いただいて、まずは福島県民が抱いている「地域への帰属意識」についてお話させていただきます。

まず、福島県はタテに3つの地方に分けられます。東北新幹線と東北本線が縦断し、県庁所在地の福島市と県内最大の人口を抱える郡山市がある「中通り地方」、本地方を軸として東側、阿武隈高地を挟んで太平洋に面する「浜通り地方」、西側に奥羽山脈を越え、猪苗代湖を擁する会津盆地を中心とする「会津地方」。この3地方間でも、県民同士の明らかな帰属意識の違いが見られますが、もう少し実態に近づけるため、さらにヨコに3分割してみます。

「中通り地方」は、北から県庁所在地の福島市を中心とする「県北地域」、県内最大都市の郡山市を中心とする「県中地域」、寛政の改革で名高い松平定信が治めた奥州の玄関口である白河市を中心とする「県南地域」。

「浜通り地方」は、北から馬追いで有名な相馬市・南相馬市を中心とする「相馬地域」、福島第一原発のある「双葉地域」、フラガールでおなじみのハワイアンズがある「いわき地域」。

「会津地方」は、北から蔵とラーメンのまち喜多方市を中心とする「喜多方地域」、鶴ヶ城と白虎隊で名高い会津若松市を中心とする「会津地域」、会津高原の山々が広がる「南会津地域」。

これらは行政区分とは異なりますし、私の造語も交じっています。また細かく見ていけば、各地域の中でも市町村ごと、集落ごとで帰属意識の違いが見られますが、この9地域ごとに文化・生活・経済圏が形成されており、人々の帰属意識もおおむねこの9地域で分かれていると見て間違いはないと思います。

さて、前段が長くなりましたが、件の西郷村はこの9地域のうち、「中通り地方」の「県南地域」に属しています。県南地域の中心である白河市とは東側で接しており、かつては白河市との合併も取り沙汰されるなど、県南地域とのつながりが深い自治体です。一方、西側では「会津地方」の「南会津地域」に接してはいますが、村境は山間部で人口も少なく、買い物も白河市まで出ていく人がほとんどで、南会津まで足を運ぶ人は非常に少ない。

西郷村が属していた福島県小選挙区の3区は、県南地域全域と県中地域の一部で形成されています。一方4区は「会津地方」全域を選挙区としています。西郷村は「南会津地域」と接しているとはいえ、上述のとおり住民の帰属意識も、また文化・生活・経済圏も「中通地方」の「県南地域」に属しています。それが今回の改正で、西郷村はタテの区分けもヨコの区分けも飛び越えて、縁の薄い「会津地方」に編入されようとしているのです。

元来、国政選挙とは、地域の利害を代弁する代表者を国会に送り込むことが目的であり、そうした地域の代表者たちが集って政治を取り仕切る国をこそ「民主国家」と呼ぶのです。ですから、選挙区は課題や利益を共有する地域でまとめなければ、選挙は「地域の声」を国政に届けるという重大な役目を果たせなくなり、ひいては民主主義そのものが骨抜きになってしまいます。

いわゆる「一票の格差」は長らく問題視され、2011年以降は最高裁でも、現状の格差は「違憲」と判決されています。しかしながら、地域の結びつきを無視して「数合わせ」に徹すれば、選挙は、問題意識の異なる人々から票を集めるだけのゲームに堕して、民主制の理念が損なわれることになります。政府は憲法には逆らえませんから、最高裁に「違憲だから是正しろ」と言われれば、選挙区の区割り再編に着手せざるを得ませんから、仕方のない側面もあるのですが、このままでは憲法に従うあまりに民主制の意義が失われかねません。私としては、たとえ「一票の格差」があっても、地域の結びつきを曲げて無理に区分けを再編するくらいなら、多少の格差には目をつむってもいいんじゃないか、と思わないではいられません。