最近、ノロになりまして

 12月16日。日本全国が総選挙の慌ただしさと、気怠さが紛れた微妙な熱気に包まれていた中、私は家の布団でうんうんと唸っていた。

 どうにもノロウイルスにやられていたようだった。

 外気はいよいよ冬らしく冷え込み、人は縮こまる一方でノロウイルスはますます活発になるそんな季節、しかも今年は例年より流行っているということだが、流行にはとんと疎い私でも病気の波には人並みに乗ってしまうものらしい。

 16日の未明にひどい寒気に襲われて目を覚ました。毛布と羽毛布団にくるまっているのにこれほど寒いのはおかしいと思ったが、夜はいっそう冷えるというからこんなこともあるものかとも思い、ひとまず強めのコタツで直に暖めることに。ガタガタ震えながらしばらくすると寝入ってしまったが、翌朝の寝覚めが実に良くなかった。

 まずは吐き気。のど仏のあたりまで常になにかが込み上がっているような感じ。それから便意。30分から1時間に1度くらいのペースで突発的に降下してくる。便は固形になることはなく、ほとんど水状になって出てくる。そしてノロの症状としていまいち周知されていないのが発熱。私の場合、風邪のように常に熱が出ているのではなく、日に1~2度ほどの波があり、きまってひどい悪寒のあとに38~39度ほどの熱が1~2時間続いた。

 なによりまいったのが腹痛と食欲の減退だ。胃は空っぽのはずなのに風船でも入っているかのようにいつも張っている状態で、ズキズキとか、チクチクとか、そんな刺すような痛みというより、内側からポンプでぐいぐい膨らまされているような、ミチミチ、といった感じの鈍い痛さ。また、なるべく栄養とエネルギーを摂取しなければと思うのだが、食べようにもちょうど満腹でもはやなにも入らないところに無理矢理押し込むといったところで、ろくに食が進まない。ようよう喉を下しても、胃に物が入るとこれが腹痛のタネとなるものだから、食べようにも気が重い。

 固形物はまず胃が受け付けないので、発症当初は、水分とカロリー補給を兼ねて気の抜けたコーラをちびちび飲んで胃腸の洗浄をして、ノロウイルスの体外排除に努めた。下痢止めは飲まない。体内にウイルスがいるせいで苦しんでいるのだから、快復への早道は出して出して出しまくることのみだ。ちなみに私は今回、おう吐は一度もしなかった。もちろん、吐き気はかなりきつかった。しかし幼いころから車酔いしやすい体質で、車に乗って気分が悪くなるとおう吐をこらえるクセがついていたせいか、身体が「吐く」という対応をうまくできなかったのかもしれない。けれど、これはあまりいいことはであるまい。おう吐もまた胃の洗浄だと思えば、1度2度は吐いた方が結果的にはよかったのかもしれない。

 症状がひどかったのは初日とその翌日くらいで、3日目の昼には味付きのおかゆが食べられるくらいになった。ネギとタマゴと、それと少しのしょうゆを加えただけのおかゆが、こんなにも美味いとは思いもしなかった。ノロウイルスの症状は1~2日がせいぜいらしいので、順調な快復と言えるだろう。

 ところで、どうしてノロウイルスに感染したのか、何か心当たりはあるかと訊かれると、これがまったくないと言わざるをえない。ノロウイルスは二枚貝に蓄積されやすいので、加熱されていない、たとえば生ガキなどを食べるとしばしば感染するが、そんな高級なものにはしばらくありつけていない。ノロウイルスの潜伏期間は24~48時間らしいので、16日の明朝に発症したということは、14日の朝から15日の朝にかけてどこかで感染したのだろうが、それ以上のことはわからない。それもそのはずで、ノロウイルスの具体的な感染経路を特定するのはひどく困難だからだ。

 ノロウイルスは感染者の吐瀉物(としゃぶつ)や排泄物に大量に含まれるため、基本的にそれを媒介して、人の口から侵入することで感染していく。感染経路はいくつか考えられる。いくつか例を挙げると、

①ノロウイルス感染者がトイレに入った後、手洗いを怠り、ウイルスが大量に付着したままの手で加熱しない食品(サラダやさしみなど)を調理し、それを食べた者が感染する。

②ノロウイルス感染者の吐瀉物や排泄物に直接触れ、十分に手洗いをしないまま食品を調理し、それを口にした者が感染する。

③上の①・②の者が触れたドアノブや共用のタオルなどを介して手から手へと移り、同様に食品を通して感染する。

④乾燥した感染者の吐瀉物や排泄物がホコリなどと混じって空気中に舞い上がり、それを吸い込むことで感染する。

 などなど。大別すると、主な感染経路は2つだと言えるだろう。

(1)感染者の吐瀉物や排泄物に触れる→ウイルスの付いた手で食品を触る→その食品を食べる
(2)感染者の吐瀉物や排泄物が乾燥する→空気中に舞い上がる→吸い込む

 ともかく、吐瀉物や排泄物が関わらないと感染する可能性は低いので、感染者の身体に触れたりとか、ジュースを回し飲みしたりとか、くしゃみやせきを浴びた程度ではそうそう感染しない。また90度以上の熱で死滅するので、仮に感染者がおう吐しても適切に処理すれば問題ない。過度に恐れると「ノロウイルス感染者差別」が起きかねないので、なるべく正しい知識で対処したい。

 上記のように直接対処できるならまだしも、しかし(2)のような、第三者がらみの不慮の事態まではどうしようもない。都会には処理されていない吐瀉物が道のそこら中にあるから、ウイルスを吸い込まないように歩くなど至難の業だ。それに、自動ドアとかセンサー式の蛇口とか、触れなくても動く装置はだいぶ普及しているけれど、不特定多数の人が触れる公共物は電車の吊革はじめいくらもあるから、手にウイルスが付着する格率をゼロにすることは不可能に近い。食品を扱う人々には、衛生管理に細心の注意を払っていただきたいところだが、目にも見えないほど微少な「敵」が相手なのだから、それも限界があろう。

しかも、ノロウイルスの諸症状が実際に発症するかどうかは人により場合によりかなりムラがあるようで、普段ピンピンしている人がほんのちょっとウイルスを吸い込んだだけでダウンすることもあれば、線の細い人が何度も吐瀉物の処理をしているのにまったく発症しないこともある。またちょっとお腹に違和感がある程度で済む人もいれば、トイレにこもりきりになる人もいる。感染しても発症しない、そんな人だっているようだ。ノロウイルスはどうもかなり気紛れらしい。

 だから「これをしてしまうと必ず感染・発症する」とか「こうすれば絶対感染・発症を防げる」なんていう『必勝法』は、ノロウイルスにはない。いくら気をつけていても感染・発症してしまうおそれは残り続けるし、まったく気にかけていなくても感染・発症しないこともある。かかるか、かからないかは、もはやリスクの問題と捉えるべきだ。

 かかるときはかかるし、かからないときはかからない、そう思って腹をくくるしかないのがノロウイルスはじめ、ウイルスとの付き合い方なのだろう。仮にもし感染リスクを限りなくゼロにしたいなら、まず90℃以上に加熱したものしか食べない、感染者がおう吐したかもしれない道は歩かない、公共物には触らない、なんならいっそ外を出歩かない、などなど、社会生活をひどく窮屈にしなければならない。感染リスクを低くするに越したことはないが、それで生活に不便をもたらすようなら、ある程度の感染リスクは受容するしかないだろう。

 それでもなお心配だという方には、仏教から「諸法無我」の教えを、道教から「無為自然」の思想を贈ろう。諸法無我――この世のいかなる物事も、人の意のままにはなることなどない。無為自然――世界の成り行きは、人の意図を越えた次元で動いている。
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