「年収100万円時代」に対応するために

「年収100万円も仕方ない」ユニクロ柳井会長に聞く
http://www.asahi.com/business/update/0423/TKY201304220465.html

少し前の記事だが、この発言が一時世間(ネット界?)を賑わした。

多くの人はこれに反感を以て迎えた。当然であろう。年収100万円ではとても暮らせてはいけない。そんな賃金で猛烈に働かせようなどと、きっと労働者を人でなく奴隷だと考えているのだ。とんだ人非人がいたものだ! 

そんな感想を大方は抱いたであろう。

ところで柳井会長の人間性はさておき、かれが発言したような「年収100万円」で生きねばならない日本人が出現するであろう――若しくは、すでに存在しているというのは、無視すべきでない真実ではなかろうか。

ほとんどの人は柳井会長の人間性のみを問題にして、現実に年収100万円のワーキング・プアが生まれる可能性を、あるいはそれほどの低賃金で生きている人々の惨状を、直視していない。だれも「そんな低収入の労働者など実在しない」などとは言わないし、おそらく「実在している」と、認識している。だからこその反感なのだ。嘘をつかれることに、人はそれほど怒りを覚えない。人が怒るのは、都合の悪い真実を――特にそれが自分の「いま」を支えてくれているような真実を、おおっぴらに暴露されたときだ。

ユニクロの製品に限らず、多くの日本人はなるべく安価な製品を手に入れることを望んでいる。

安価な製品のほとんどは、中国・東南アジアはじめ、人件費の安い国々で製造される。だからこそ、あの低価格が実現できる。日本で、日本人を雇って同じことをしようとしても、どだい無理な話だ。

となれば、企業としては至極当然、生産拠点を海外に移すという戦略を採用する。安い製品がウケる、安い製品を作るのは日本では難しい、ならば海外へ。まったく自然な流れだ。なれば、自ずと日本の労働者は職にあぶれる。職に就けない以上、自分という労働商品を叩き売りするしかない。賃金は下がる。場合によっては、中国・東南アジア並に賃金を下げないと、自分を買ってもらえない。

日本人労働者は、同じ日本人労働者同士ではなく、海外の安い労働力と競争している。一部サービス業は言語などの文化的障壁があるため海外との競争にさらされる面は少ないものの、製造業は海外勢とがっぷり四つに組み合わなければならない。「日本製品の付加価値を高める」という対抗策はあるものの、安価な製品が好まれる現状では、そうそう上手くいかない。

結果、過酷な賃金低下圧力がかかる。

悩ましいのは、この賃金低下圧力に下手に抵抗すると、かえって職が失われるということだ。採算の取れない労働者を、企業は雇用しない。日本人労働者では採算が合わないとなれば、海外の労働者を雇うまでだ。つまり企業が海外に逃げて雇用が減る。ゆえに海外と競り合うため、さしあたっては、日本人労働者は低賃金に甘んじなければならなくなる。かくして「年収100万円」の労働者も誕生する。

見方を変えれば、柳井会長はこれからの日本の「自然な流れ」を供述しただけなのかもしれない。付加価値を創造できる者はたくさん儲ける。できないものは海外との賃金競争のなか「年収100万円」まで落ち込む。ならば、私たちが語るべきは「柳井会長はけしからん!」ではなく、『年収100万円時代』をいかに生き抜くか、そしてこの時代における社会の在るべき姿とは何か。これではなかろうか。
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