『八重の桜』西南戦争の感想――筋から逸れていく物語

大河ドラマをがっつり視聴するなんて近年なかったのですが、今年の「八重の桜」は毎週楽しみに観させていただいています。ご先祖さまの郷里、会津が舞台だから(だった?)からというだけでなし、きっと面白いドラマになるにちがいない、という確信があったからでした。

というのも、主人公・八重の一生が物語として非常に「筋が良い」。

いくら東北応援のためとはいえ、どこのだれとも知れない、歴史の教科書に名前も出ていない人物を主人公にするのはいかがなものか――「八重の桜」は始まる前からあまり良い評判は得ていなかったように記憶しています。他ならぬ会津の人たちも、最終的に会津を「捨てた」八重にそれほど好感情を抱いていない。むしろ白虎隊を主人公にした方が、名前も日本中に知れ渡っているし、盛り上がるのではないか、そういう意見もあった。

けれど、私は八重で大正解だと思いました。

たとえば白虎隊を主人公にした場合、飯盛山の自刃がラストシーンとなるでしょうが、すると、不憫だね、健気だね、哀れだね、と心の琴線に触れることはあっても、敢えて言ってしまえば、それだけです。お涙を頂戴して、そこで終わってしまう。エンターテイメントとしては正しいのかもしれませんが、観劇者の心に「浄化(カタルシス)」は起こらない。

「会津戦争」は白虎隊のエピソードも含め、凄惨極まりないものでした。

逆賊のレッテルを張られ、恭順を示しても許されず、砲撃の雨嵐のなか女子供をふくむ多くの人が亡くなり、戦死者の死体は長く放置され、明治の世となっても会津の名誉は一向に回復されなかった。

その様はドラマでも話数の大半を費やして描かれました。ほんの半世紀前まで、会津では「薩長の人間と結婚するなど認めない」という家があるほどに、その憎悪は会津の地に深く染み込んだのです。

会津の地と人々の魂に刻まれた、恨みや憎しみといった負の感情。ほかでもない主人公の八重もまた、弟の仇討をせんと自ら銃を取り、戦場に赴き、人を殺めました。八重の精神にも、会津を朝敵とした薩長への怒りが炎の如く宿っている。それは戦争が終わってからも、そうそう解消されるものではありません。八重の他、多くの会津人もまた、薩長そして中央政府への鬱積した恨みを抱きつつ、その後を生きることになります。

100年続く恨み、呪いのように会津に渦巻く怨念を、これまでのドラマは浄化させることができなかった。白虎隊を持ち出して、あな哀しで仕舞にしてしまった。けれど、八重を軸とすることで、会津は新たな清算の物語を紡ぐ好機を得たのです。

物語の後半は、新島襄との出会いと同志社の立ち上げ、そしてキリスト教への入信と進んでいく。この「筋」が実に良い。戦場を経験し、親兄弟を亡くした八重からすれば「右の頬を叩かれたら、左の頬を出しない」、「汝の敵を愛せよ」などと悠長なことを説くキリスト教は、拒絶の対象でしかない。その意味で、八重にとって会津戦争はまだ終わっていない。戦火は止んだとはいえ、魂はまだあの戦争に囚われている。いえ、少なからぬ会津人が、会津戦争で負った魂の痛みを癒すことなく、寿命を迎えていったのです。

会津戦争を真の意味で終わらせること。それが物語後半のテーマとなる、私はそう考えました。

怨恨に満ちたままの八重の魂に、キリスト教の博愛精神は響かない。新島襄と夫婦になっても、そう簡単にキリスト教を受け入れられるわけもないでしょう。けれど、キリスト教を導きとして、次第に己の恨みに向き合うようになり、薩長への怨恨を赦しへと移し、かくして魂の昇華を遂げて後、普遍的な愛をその心に宿したとき、八重の、会津の、あの戦争ははじめて終わる。「八重の桜」の幕引きはその浄化のときで良い(日露戦争のエピソードなどはエピローグで触れる程度で構わないでしょう)。

先日オンエアされた西南戦争は、この「筋」になかで非常に重要な位置づけにある出来事で、会津戦争に次ぐ物語ふたつめの山だと、私は捉えていました。というのは、この戦争を「戊辰の仇」と捉えて従軍していた元会津藩士が相当いたからで、「芋征伐仰せ出されたりと聞く、めでたし、めでたし」と歓喜の声を上げる者さえいた。この戦場では会津人の心に巣食った怨念が一気に噴出し、不気味に渦を巻いたのです。未だ終わらぬ会津戦争の、長く尾を引く恨みつらみの、醜悪とさえ思えるほどの暴走。それを描いてこそ、後に訪れるであろう八重のめざめが際立つと、私は思っていました。

しかし、ドラマでは佐川官兵衛が会津の恥辱を雪ごうと奮闘し、壮絶な戦死を遂げましたが、あくまで武士の誇りを貫いた体の「きれいな」死に方でした。戦争全体も、西郷さんの悲愁が前面に出ていて、会津の恨み・憎しみという面はあまり押し出されていなかった。時間の制約上、仕方なかったのかもしれません(3話くらい使っても良かったのでは?)が、どうもこれは、あれほど濃密に描いた会津戦争を無下にするようだったと思えてなりません。

西南戦争は、会津人がその恨みを戦いのなかで爆発させたにも関わらず、あとに虚しさしか残らない、それを確認する出来事として描いてほしかった。八重も「薩摩への恨みを晴らす好機!」と歓声を上げ、いまにも銃を担いで戦場に赴きかねない気焔、会津人の活躍を見るたびに喝采を上げる、そういう反応でもよかったのではないでしょうか。当然、襄はそんな八重の姿を見てひどく悲しむでしょうし、八重の頑固な性格からしてやがて衝突は避けられないでしょう。本格的な夫婦喧嘩に発展するかもしれない。「私はやっぱり、耶蘇の教えなんて受け入れられねえ」くらい、一度極端な拒絶があってもいい。けれど、恨みにまかせて戦っても、けっして心は晴れず、そればかりかさらに別の恨みが生まれてしまう――西南戦争をきっかけに八重がその「気付き」に至り、負の連鎖に立ち向かうためにキリスト教の教えに立ち戻るとき、八重と襄はパートナーとして完成し、そして会津戦争は浄化の機を迎えるのです。

「八重の桜」は、徹頭徹尾、会津戦争を主軸に展開すべきだと私は思います。ドラマは同志社の顛末を描くのに忙しそうですが、夫婦一代切り盛り物語を見せられても、それほど面白くはない。むしろそっちは多少疎かにしても、八重の魂の昇華を密に描くべきでは。しかしながら、劇中の八重はすでに会津戦争のときの激しい憎悪はすっかり鎮まり、西南戦争も達観して眺めている。八重の物語はすでに終わってしまっているのではないか、そのようにさえ思えます。

八重の博愛精神への目覚め。これがひとつの劇的場面になると思うのですが、そこに至るに必要な、燃えるが如き憎悪を、もう八重は持っていない。会津戦争の頃の壮烈な、荒ぶる魂をどこかにやってしまっている。かといって、キリスト教をどれだけ受容しているのかはどうも判然としない。それこそ鵺のように、物事に対する姿勢が漫然としていて、主人子としての風格を失っている。制作側としては、あまり宗教色を出したくないという配慮があるのかもしれませんが、個人的にはキリスト教との出会いと受容こそが八重の物語のターニングポイントだと考えているので、このあたりをぼやけたままにしておくのは、非常に勿体ないと思います。

西南戦争なんてなかったかのように進みそうですが、この後の展開は「西南戦争と会津の憎悪」に、八重やその他の人々がいかに向き合うか、これを描いて欲しいと私は切望します(ただでさえ、会津の人たちに八重はあまり人気がないのに、このまま「同志社のあれやこれ」で物語が進んでいくと「会津の八重離れ」が加速されるやもしれません)。あくまで軸を「会津戦争の悲劇」に置き続け、その「負の歴史」を背負い、悪戦苦闘し続ける一会津人として八重を描く。「八重の桜」の「筋」は是非そうあって欲しいのですが、どうもその「筋」からは逸れてしまっているようです。
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1 Comments

翔  

ほんとに・・

先週は、みわすれました。
先々週までは、毎週かかさず見ていましたのに・・・。
戊辰会津戦争~西南戦争~でも
「憎しみからは何も生まれない」・・・八重もたしか竜馬のお母さんも
言ってたようなきがしますが・・。
これがテーマであったのじゃなかったのか?って思ってました。
なんか、一切をわすれた緊張感のないホームドラマになってるかんじですね。

恨みを重ねて重ねて、コロしあいをつづけてる地域が世界にはあります。
あどけない子供の画像を出して、ヒューマニズムぽい演出して寄付を募っても
この子供らが大きくなると、ヒゲをはやして銃をとるのではないか?
なんて、思ってしまいます。


今年は、会津には2度いきました。

下北半島もいってみました。
でも、会津の人たちは、いなくなったんだな・・と思ったり、
まてよ、ここは伝来の土地でもなし、ゴミ捨て場でもいいじゃないか!
と思って1人あたり、1300万とひきかえたのでしょうか・・
なんて思ったり・・。

会津の旗印、なんとなく、不気味で怖い感じがしてたのですが、
印象は、すこしかわるみたいな^^

2013/10/13 (Sun) 03:08 | EDIT | REPLY |   

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