ブッダは人間として死んだからこそ、尊い


ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)
(1980/06/16)
中村 元

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「アーナンダよ。わたしはもう老い朽ち、齢をかさね老衰し、人生の旅路を通り過ぎ、老齢に達した。わが齢は八十となった。譬えば古ぼけた車が革紐の助けによってやっと動いて行くように、恐らくわたしの身体も革紐の助けによってもっているのだ」
――中村元訳『ブッダ最後の旅』(大パリニッバーナ経)より



「一切皆苦」と仏教では説く。
人間にとってこの世のありとあらゆる物事・出来事は悉く苦しみであると言う。

なんとも後ろ向きな考え方ではあるが、ブッダのそもそもの問題意識が「どうして人は苦しむのか?」であり、この苦しみから逃れ、また人々をそこから解放すること、これがかれの生涯をかけた挑戦であったのだから、この前提なしに仏教は成り立たない。

さて、〈苦〉にもいろいろな種類があるが、代表的なものに「四苦」がある。

すなわち「生・老・病・死」である。

いずれも人間にとって避けられないものである。それが〈苦〉だという。もはや人生そのものが〈苦〉だと言わんばかりである。

ときに、ここで私は「躓いた」。

ブッダは「生・老・病・死」が〈苦〉であるという。けれど、当のブッダが「老齢」になるまで「生き」、キノコに「食あたり」して衰弱し、そして「死んで」しまった。〈苦〉から逃れることがかれの目的であったのに、かれはそのすべてを経験してしまっているではないか。

「ブッダ様はすでに悟りに入られていたから、四苦も苦ではなかったのだ」と説かれても、なんとなく腑に落ちなかった。たとえば、イエス・キリストは復活のあと、天に召された。かれは老いることも死ぬことも、なかった。もし四苦を本気で避けようすれば、ブッダもまた、老いたり病んだりする前に成仏する道もあったのではないか(伝説として、そのように書き残すこともできたはずではないか)。

しかし、ブッダは、普通の人間と同様に、生きて、老いて、病んで、死んだのである。

これが私の、仏教を学び始めた当初にまず出会った躓きであった。だが、往々にして躓きは、より深い理解への試金石である。そこでその石をよくよく観察する。すると、「生・老・病・死そのものは〈苦〉ではない」という結論に達する。四苦そのものが〈苦〉であれば、ブッダもまた苦しんだと言わねばならない。ブッダも四苦を経ているのだから。しかし、ブッダが〈四苦〉を安楽のうちに過ごしたのだとすれば、四苦を〈苦〉たらしてめている「何か」があり、ブッダはそれを超越したからこそ、苦しまなかったのだと考えられる。

では、その「何か」とは何であろうか。

一言で言えば、「執着」である。

「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」

満月の如く欠けることのない栄華を誇る、誰もが知る歌である。

しかし、望月はいずれ欠ける。
避けては通れぬ自然の定めである。

望月を望月のままに留め置くことは誰にもできない。
それでも、人は望月を得ようとし、さらにそれを保とうと必死になる。

これが「執着」である。

望月は、富・名誉・地位の隠喩である。
これらの物は、人が求めて止まない物である。

けれどまさしくブッダは、この人間的な欲求を否定したのである。
虚しくまた無駄であると切り捨てたのである。

望月は欠ける。
富・名誉・地位もまた、一時としてその者の元に留まることはない。
ほんの少しの手違いで、木端の如く消し飛んでしまう代物である。

それを「自分のものである」と思いなす。しかも永遠に「自分のもの」として存続させようとする。いずれなくなってしまうものなのに、なくなるものを得るために必死になり、またなくならないように必死になる。

「執着」する。
これが〈苦〉の原因である。

「なくなるもの」を「永遠のもの」であると錯覚し、「なくなるもの」を「自分のもの」にしようとすること、これが俗世に生きる人々の「迷い」の根本だと、ブッダは看破した。

「なくなるもの」は「なくなる」のだ。

それなのに、「なくなるもの」を「なくならない」と思うから、それが「なくなった」とき、嘆き悲しむことになるのだ。なくなったとしても「ああ、なくなるべくしてなくなったな」と淡々と事実を受け入れれば、何ら悲しむことはないだろうに。もしくは、「なくなるもの」をそもそも持たなければ、なくなることの苦しみなんて起こらないだろうに。

酷く冷淡ではあるが、これがブッダの基本的な考えであった。

さて、先の四苦である。これもまた、「執着」によって〈苦〉となるものである。

「生・老・病・死」は人にとって当然のことである。当然のことを当然のこととして受け入れればいいものを、それを維持しようとしたり、拒もうとするから、失ったとき、そうなったとき、苦しむことになる。「そのままである」や「そうならない」なんてことはないのに、「そのままである」や「そうならない」ようにと「執着」するから、苦しむ。

ブッダはその「執着」を絶っていたからこそ、苦しむことがなかったのだ。

ときに、どうして人は、苦しむとわかっていながら、それに「執着」するのであろうか。

ここで、数多くの仏典を原典から訳しておられる中村先生が、「迷い」と「生」を結びつける際に必ず「迷いの生存」と訳していることをヒントとしたい。

〈生存〉である。生き残ることである。サバイバルである。

富・名誉・地位をどうして人は追い求めるのか。
〈生存〉のためである。〈生存〉の可能性を少しでも高めるためである。さらには、より良い〈生存〉を生きるためである、充実した、価値ある人生を手に入れるためである。

そのために、俗世に生きる人間は、望むと望まざるとに関わらず、「なくなるもの」を追い求めて競り合うしかない。生き残るために、より良く生き残るために――。

だから、ブッダは出家した。

俗世の生は「迷い」によって成立していて、その内にある限りは〈自ら迷うことなしに〉生き残ることはできないと、そう観念したのであろう。言い換えれば「執着すること=苦しむことこそ俗世で生き残るための条件」であって、これを変えることはできないと考えたのであろう。

しばしば、仏教は厭世的で人の生きる力を奪う教えと非難される原因は、このあたりにあるように思う。だが、ここでブッダが老齢に達し、天命を全うするまで「生きた」ことが重要になってくる。かれは「生き残ること」は苦しみの原因として退けたが、「生きること」そのものを否定することはしなかったのだ。むしろかれの実践は、「生」そのものに、純粋な「生」と成り尽くすことにあったのだと、私は考える。

ブッダが生きていた頃、現代のような寺院はなく、宗派はなく、教団はなかった。
また、葬式でお経を唱えるようなこともしなかった。そればかりか、当時日常的に行われていた宗教儀礼を執り行うことさえ、拒否した。

では、ブッダとその弟子たちは何をしていたのか。

ボロ布を縫い合わせた粗末な糞掃衣を着て、暑い時間帯は木陰で座禅を組み、夜は雨風が防げる場所で過ごし、決まった刻限に適当な村へ乞食に行く――。

それだけである。

われわれの目には、まるで無意味に映る。

だがブッダは、最後の日まで、このような「無意味な」生活をしていた。

なのに、なぜブッダの実践は偉大なのか。

まさに、無意味だからである。

ブッダは「生」から意味や価値をはぎ取って、自らを「生」そのものと化したからである。

意味や価値のある「生」とは、俗世の、〈生存〉の生である。富・名誉・地位と結びつき、「生」を序列化する、価値のある「生」と価値のない「生」とを区別する、生き残りの指標である。

故に、それは〈苦〉につながる。

だから、ブッダは意味や価値から、「生」を遠ざけた。
「ただの純粋な生」となることで〈苦〉の〈生存〉から抜け出した。

これが「解脱」である。涅槃に至るということである。

そして、ブッダ一行に食事を「お布施する」ことは、「生そのものの肯定」に繋がる行いとなった。俗世の、〈生存〉の生は、いつ否定されてもおかしくない、不安定な生である。ブッダ一行の「ただの純粋な生」を支えることは、この不安定な生のさらに奥底に、より基底的な「生(なま)の生」が流れていること、そしてそれを守っていることを、証することとなる。

これが、ブッダの実践の狙いなのだと私は考える。

自らの身体を、あらゆる〈苦〉から解放された「生の生」の象徴として具現化(まさに即身仏)する。そして、民がかれに「お布施する」という行いをとおして、生きとし生ける者が一切平等に有している「生」を、そのままに、だれこれと差別することなく、肯定せしめたのである。

それは、人間存在そのものを、無条件に受け入れることでもあった。

やんぬるかな、俗世に生きるわれわれは、〈生存〉の生を生きるよりない。ブッダの実践は、一方で、人間が〈苦〉から逃れることの困難を示すものでもあり、凡夫たるわれわれがおいそれと真似できるものではない――親や、子や、恋人や、財、etcetc……俗世はかくも愛おしいものにまみれ、われわれはかくも煩悩にまみれている。

だが、われわれのような、泡沫のように儚い者ばらであっても、まずもって、その根本は、ただの「生」なのである。ブッダはそれをはっきりと明かしてみせた。われわれの根源的な姿を晒してみせた。

だからこそ、かれは尊いのだ。
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