反・積極的平和主義者は人道支援の撤回を求めるべきであること

安倍政権の「積極的平和主義」に反対してきた人々は、いよいよ本気で「安倍降ろし」に取り組むべきだろう。

さる邦人人質事件の結果は、2名とも死亡という最悪の結果に終わった。しかし、安倍首相は「テロリストには屈しない」の決意のもと、2億ドルの支援を継続する方針を変えなかった。

「支援はあくまで人道的なものに限るのだから問題ない」と言うのなら、それは子どもの言い訳に過ぎない。日本が行う支援が、本来はイスラム国と戦っている当事国の政府がなすべきものであった場合、そこで浮いた経費が軍備に回される等、間接的に当事国の戦闘を後援することになるのだし、当事国もそういった効果を期待している。それに何より、当のイスラム国が日本の人道支援を自分たちへの敵対行為と認識しているのだから、もはや何をいわんやである。

すなわち、すでに日本は「積極的平和主義」外交を実施しているのであり、その結果、イスラム国と明確に対立することとなったのである。これは反・積極的平和主義者が最も憂いていた事態であろう。

ここで、反・積極的平和主義者は人道支援の即刻中止を訴えるべきである。そして対テロ戦争から可能な限り距離を取り、イスラム国が引き起こしている周辺地域の戦禍に対しては、これを静観すべしと主張すべきである。

護憲派の人々が常々主張するように、憲法9条は国際紛争を武力で解決することを放棄しているのだから、これを盾にすれば、たとえ人道支援であっても、武力による解決を後押しするような性質であれば、これを行うべきではないと論ずることができる。そうして「テロリスト」と呼ばれるような人々であっても敵対することを回避し、日本の安全を保てるのであれば、それこそ反・積極的平和主義者の望むところであろう。

このような、日本が戦争と名のつくものに一切関わらないことこそ、反・積極的平和主義者をはじめとする人々が唱える「日本の平和主義」であると私は認識しているが、これ自体はごく自然なナショナリズムの表れなので、恥ずることでも引け目を感じることでもない。反・積極的平和主義を唱える人々は、堂々と「イスラム国がいかに残虐であっても、またその被害者がいかに苦しんでいても、仮に人道的支援でも他ならぬ日本と日本人が危険に晒されるのであれば何もせずに眺めているべきである」と主張しなければならない。

と言うより、そうでなければ反・積極的平和主義の名が廃るであろう。

ちなみに、私は積極的平和主義の方針を支持しているので、これに反する人々の言動を非常に気にしてはいるのだが、今回上に書いたような主張を展開している人が意外に少ないので、どうしたことかと不思議に思っているところである。
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