もののけの棲む地へ――帰宅困難地域視察の感想

東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ
 ――菅原道真


先日(11月18日)、仕事で福島県は相双地域、原発事故からの復旧の様子を視察に行きました。

現在「帰宅困難地域」に指定されている区域にも足を踏み入れました。

帰宅困難地域に続く道にはゲートが設けられており、通るには許可が必要です。ゲートの先は、ほとんど震災当時のままでした。家屋は、地震と津波で崩れたまま放置され、田畑は、茫々の草地となって、道路以外は整地が行き届いていません。私は震災のあった年の夏に、岩手の被災地にボランティアで赴いたことがありますが、あのとき見たのとそっくりの光景を、5年も経とうという今、再び目にすることとなりました。

ただ、当時の岩手・宮城の被災地と、現在の福島の帰宅困難地域には、決定的な違いがありました。

「人の気配がないこと」です。

岩手・宮城では、瓦礫で埋まった海岸沿いから山側に少し上って、津波が到達しなかった高さまで行くと、住居がそっくり残っていて、そこでは住民がふつうに生活していました。

しかし、広範囲にわたって住民が避難しているこの地域では、家屋はあっても、暮らしている人はいません。人の暮らしていない家屋は、恐ろしい早さで、朽ちていきます。そこにあった、人の暮らしていた生々しい空気は、家屋が朽ちるにしたがって、流れの留まった川の水のように、澱んでどろどろと濁っていき、人を寄せ付けぬ瘴気を発し始めます。

そこは、もはや「もののけ」の棲む場所となってしまうのです。

もっと早い時期であれば、「人の気」が「もののけ」に勝っている頃であれば、住民はすんなり我が家、我が土地に帰ることもできましょう。けれど、帰宅できる時期の見通しは立っていません。時間が経てば経つほど、「もののけ」の濃度は増していきます。至る所に「もののけ」の気配を感じるようでは、たとえ故郷に帰りたいと願う人でも、二の足三の足を踏んでしまうのではないでしょうか。

県や自治体は避難者の帰宅に向けて、様々な手を打っていますが、この「もののけ」を祓うことも課題でありましょう。人の気がなければ、人が寄り付くことはありません。県や自治体は、概ねニュータウンの整備を以て帰宅者を迎える方針ですが、「もののけ」の息巻く旧集落を避けて、まっさらな土地に再び「人の気」を注入するというのは、住み慣れた、先祖伝来の土地を離れるという寂しさはありましょうが、妥当な策だとも思うのです。

※冒頭に引いた一句、梅はまだ時期ではないが、朽ち始めた家屋の庭に、住民が植えたであろう椿か山茶花が、静かに咲いているのを目にして。
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