「反基地」が「排外主義」につながる危険性について

米軍属逮捕 沖縄に基地いらぬ 辺野古60人が抗議 【毎日新聞】

この事件に対し、遺族の方々の無念は推しても知れぬほどであろうし、米軍及び米国政府は遺族に対して然るべき対応をしなければならないのはもちろんだが、かといって、一部の、といっても基地に反対する人々であるが、かれらが「基地があるからこそ犯罪は起きる。基地は全ていらない」と非難するのは、理に適わぬどころか、「危険」ですらあると思う。

たとえば、警察署のある地域で、そこに努める警察官が同様の犯罪を犯したとして「警察署があるからこそ犯罪は起きる。警察署はいらない」と批判するのは妥当であろうか。「警察官は邦人だが、米軍人は外国人」であることを問題とするならば、たとえば「外国人コミュニティ」のある地域で、そこに暮らす外国人が同様の犯罪を犯したならば、その外国人コミュニティを排除せよ、ということならないか。

あるいは「軍人」という職業を挙げて「犯罪を犯しやすい人々」とレッテルを貼るならば、あらゆる軍人は潜在的な危険人物とされて、社会的に差別することの正当性を与えることとなろう。

いずれにせよ、ある属性をもつ人々を挙げて「危険」と見なし、その危険性故に排除が必要という論法は、自由でオープンな社会を志向すならば厳に慎まねばならない。無論、ある組織に属する人間がとった行為の結果は、その組織も責任を負わねばならぬのだが、その犯罪行為の動機が概ね「本人の意志」に属するのであれば、その個人にのみ限定して問題化し、その個人と同様の属性をもつ人々(米国人、軍人等)にまで拡大させるのには慎重になるべきだ。
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