政教分離と信教の自由

選挙になると、某有名解説者が、某政党の「政教分離」問題にツッコむのが恒例になっているようです。触れちゃいけないのが暗黙の了解になっているところにズバっと切り込むのが人気を博しているようで、ネット界隈では「良く言った!」と拍手喝采の様子。

ここで、ちょっと海外に目を向けまして。ドイツの現首相といえば、EU絡みのニュースでは必ずと言っていいほど顔が映りますので、日本国民にもすっかり御馴染みでしょう、アンゲラ・メルケルさんです。

ときに、メルケルさんの所属する政党の名称はご存知でしょうか?こちらはあまり馴染みがないかと思いますが、その名も「ドイツキリスト教民主同盟(CDU)」です。

「キリスト教」と冠しているのは伊達ではなく、CDUはキリスト教の教えをベースとした政治理念を掲げています。ドイツの与党は、堂々と宗教性を前面に打ち出しているのです。ということは、ドイツでは「政教分離」の原則が守られていない、ということなのでしょうか。

政教分離とは、文字どおりであれば「政治と宗教を分ける」こと、なのですけれど、ドイツに向けた疑惑の目を、そのまま日本に戻してみましょう。さて、日本は、政教分離の原則が守られているのでしょうか。

国や自治体は、公立の美術館や博物館に宗教に関わる作品を数多く展示していますし、神社仏閣を国宝に指定して保護しています。新しく公共施設を建てるときは、神主を呼んで地鎮祭をしていますし、京都の祇園際ですとか、宗教色の濃いお祭りでも、自治体は総力あげてバックアップしています。戦争や災害の追悼施設も国はしばしば設置していますが、死者を弔うという行為そのものが宗教的ではないでしょうか。政治が宗教に一切関わるな、というのであれば、こういうのはマズイんじゃないか、旧ソ連や毛沢東時代の中国のように、もっと「唯物的」であるべきではないのか。

なんだか日本もあやしくなってきたので、ここはひとつ、憲法に尋ねてみましょう。第二十条にこうあります。

第二十条  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

「おいおい、第3項にはっきり書いてあるじゃないか。これって、政治が宗教にちょっとでも関わったら、違憲でアウトってことだろ?」とおっしゃる方もおられるでしょうが、どうかひとまず措いていただいて、まずは本条の冒頭で「信教の自由」に触れていることに注目したいと思います。すなわち、本条文の主眼は、国民の「信教の自由」を守ることにあり、国と宗教との関わりもこの観点から批評しなければなりません。

ときに、無宗教を公言して憚らない私たち日本人にとって、数ある自由の権利のなかでも、信教の自由はあまりありがたみがありませんね。けれど、近代憲法であるからには、信教の自由は何はともあれ記載しておかねばならない必須項目なのです。

近代国家はヨーロッパで誕生しましたが、国としてまとまるための最大の障壁が宗教でした。ヨーロッパですから、主要な宗教はキリスト教ですけれど、16世紀に始まる宗教改革以降、キリスト教はカトリック(旧教)、プロテスタント(新教)、オーソドックス(正教)に大きく分かれ、教義の違いを理由に戦争や虐殺が繰り返されました。国同士のみならず、同じ民族であっても、宗派が異なれば内紛が起こり、宗教を巡る対立は泥沼の様相を呈しました。

1618年に勃発した三十年戦争は、ヨーロッパ最後にして最大の宗教戦争であり、熾烈極まりない残虐行為が横行した結果、ヨーロッパの荒廃は頂点に達しました。宗教戦争が決着するには、ヨーロッパが滅ぶまで戦争をしなければならない――そう人々に思わせるほどの長い戦乱の後、かの有名なヴェストファーレン(ウェストファリア)条約が締結されました。

この条約で、各国は自国の信仰する宗派を自由に選択でき、他国がそれに口を挟んだり、強引に改宗を迫ることはできない、という原則ができあがります。どの国も、宗教がらみで戦争するのは二度とごめんだ、と考えたのですね。この条約締結後のヨーロッパの新秩序のことをヴェストファーレン体制と呼び、今につながる主権国家の走りとしてしばしば言及されますが、主権国家の「主権」とは、何よりも、他者から強制されることなく、自国の意志で自国の信仰を選ぶことのできる権利として始まったのです。

信教の自由が個人レベルにまで徹底されるまでにはまだ時間を有しましたが、その必要性を各国は痛感することになります。たとえば、フランス。フランスはカトリックが主流の国ですが、徐々にカルヴァン派のプロテスタントが浸透していきます。かれらはユグノーと呼ばれ、主に金融業や商業に従事していましたが、時のフランス王(もちろん、カトリック)がかれらを弾圧したことで、1562年からユグノー戦争と呼ばれる長い内戦に突入します。

この戦争は、1598年、ユグノーの信仰を王が保証した、つまり信教の自由が認められたことで歴史上名高い「ナントの勅令」が発せられたことで収束します。しかし、この勅令は1683年のフォンテーヌブローの勅令で撤回される。16世紀であれば、プロテスタントは自身の信仰を守るためには戦う他ありませんでしたが、17世紀後半の、ヴェストファーレン体制が確立していたヨーロッパでは、プロテスタントを国教とする国が存在していましたので、迫害を受ければそれらの国に亡命すればよかった。そこでほとんどのユグノーが、オランダですとか、イングランドだとかに亡命しました。すると、ユグノーの担っていた産業分野に大きな人的欠落が生じ、フランス経済は大打撃を被ります。

宗教の違いは、戦争の口実とするには打ってつけですが、しかし宗教を絡めた戦争は、いったん始めてしまうと、お互いにヒートアップして収拾がつかなくなる。国内をひとつの宗教・宗派で統一しようとすれば、人民の間に深い亀裂と対立が生じて、社会の混乱と国力の低下を招いてしまう。政治権力が不用意に宗教に関わると手痛い目に遭う、このことを学習した国家が採用した対応策、それが「国家は宗教に一切手出ししませんよ」とあらかじめ宣言してしまうことでした。つまり、政教分離は、宗教が原因となって外交も内政も国家のコントロールからはずれてしまうのを避けるために、国家が編み出した「処世術」なのであって、信教の自由は、人間の基本的権利云々から認められたというよりは、国家が宗教から手を引いたため、なし崩し的に「あとはご自由に」となったに過ぎないのです。

さて、現代に目を戻しまして、ドイツのCDU。これがなぜ問題にならないのか。第一は、身も蓋もないことですが、国民が問題視していないからです。ドイツも歴史的にキリスト教圏の国ですから、その文化や価値観はキリスト教の深い影響下にあるので、CDUの理念にとりわけ違和感はないのです。とはいえ、最近はトルコや中東からの移民・難民が増えていますから、たとえば公立の学校で聖書を学ばせたり、イスラム教徒の信仰や習慣を禁止するような挙に出れば、とたんに社会不安が増大することでしょう。ですから、あくまでキリスト教の倫理観だとかを政治理念の中核にしますよ、けれどキリスト教に肩入れしたり、優遇するようなことはしませんよ、ということであれば、政党名に堂々とキリスト教を掲げても特に問題はないのです(もちろん、今後イスラム教徒の割合が増えていけば事情は変わってくると思いますが)。

事情は日本も同じです。たとえば津地鎮祭訴訟では、地鎮祭を執り行った神主さんに公金で報償費を支払ったけれど、日本の風習みたいなものだし、特定の宗教を優遇したり、逆に他の宗教を虐げたりしてないし、これなら違憲ではないよね、という判決に至りました。一方、靖国神社や護国神社への玉串料は、特定宗教への国の援助にあたるとして違憲と判断されました。何だかんだ言って、どちらも宗教的といえばそうではないか、と思いますが、地鎮祭は、それを税金で行ったところで誰も文句は言いませんけれど、靖国神社は国民の間でも評価が分かれますから、社会に無用な混乱を呼び込む前に違憲としたと考えられます。

このように、国家は紛争の火種となりやすい宗教とは基本的に距離を置きつつも、火が燃え広がらない範囲で宗教的行事に関わっている。私たちの行為・行動から宗教色を完全に拭い去ることは不可能(なかでも言語は代表的な例)ですから、あまり目くじらを立てず、国内の対立・分裂に発展しないようであれば大目に見られているのです。要は程度の問題なのですね。

しかし、この匙加減は非常に微妙です。たとえば、フランスではイスラム教徒の女子生徒に学校でのスカーフ着用を禁じました。しかし、文化と宗教はぴっちり癒着していてもう分けようがありません。イスラム教徒からすれば、フランス人の着ている衣装だって十分にキリスト教的なのに、どうしてスカーフはダメなのか、これはイスラム教やイスラム文化への「迫害」ではないか、と騒動になりました。

またアメリカでは、学校でダーウィンの進化論を学ばせることへの根強い反発があります。人間は神の手で、神を似せて創造されたのであって、猿から進化したとは何事か、と敬虔なキリスト教徒が主張しているのです。無宗教の私たち日本人は、これを宗教の妄信が生む愚かな無知蒙昧の一例、として嘲笑の対象としていますが、これは「信教の自由」や「政教分離」を巡る問題の尖鋭化した例として捉えなければなりません。「人類の誕生」は「人間とはいかなる存在か」という倫理的な問題に直結するものですから、ここをどう捉えるかが、個々人の生き方や社会観に深く影響を及ぼします。日本人は「科学によって実証された事実は客観的で中立的」と深く「信じて」いますが、科学の言説は「客観的・中立的事実」の装いのもと、別種の「信仰」を涵養している、つまり科学が信教の自由を侵している、という見方もできるのです。

とまれ、政教分離ですとか、信教の自由ですとかは、原則論でやってしまうと、もう何もかもがアウトになって、手も足も出なくなってしまいます。ですから、どこまでも匙加減の問題になってしまうのですが、だからこそ、どこまでOKで、どこまでがアウトなのか、常に議論していくことが大事なのです。そうして、暫定的でもその場その時でラインを引いていくこと、これが民主主義社会の流儀と言えましょう。
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