国民への不信を地盤におくアメリカ大統領選挙

11月の第1火曜日、いよいよアメリカ大統領選挙の投票日が目前に迫ってきました。共和党のトランプ氏と民主党のクリントン氏の支持率は拮抗していて、結果は最後までわからない情勢です。

ところで、仮に一方の候補者が圧倒的な支持、それこそ80%とか90%とかの国民から支持されていたとしても、必ず大統領になれるわけではない、ということをご存知でしょうか。

アメリカの有権者は、投票所に赴いて、大統領候補と副大統領候補の名前をペアで記入し、投票箱に入れます。たとえば日本の選挙ですと、投票された候補者に直接票数が積み上がっていきますけれど、アメリカ大統領選では、その票は、選挙人ないし選挙人団の候補者のもとにカウントされます。

選挙人とは、大統領を選ぶ人のことです。実は、アメリカ大統領選において、国民はこの選挙人の候補者を選んでいるのであって、大統領を選んでいるわけではないのです。とはいえ、選挙人や選挙人団は、事前に「私/私たちが選ばれたなら、私/私たちは大統領候補の○○に投票するよ」と誓約しています。有権者が大統領・副大統領候補の名前を書いて投票すると、そちらに投票すると誓約した選挙人ないし選挙人団へと自動的に票が集まりますので、実質的には国民が選んでいると言っても間違いではありません。

ただし、この「誓約」には法的拘束力はありません。州によっては誓約に違う投票に罰則を設けているところもありますが、投票そのものは有効となります。過去にそのような例は数えるほどしかないにせよ、制度上は、選挙人ないし選挙人団の判断次第で、州の有権者の意向とは真逆に投票することも可能なのです。さらに、選挙人の選定は州政府の権限なので、実のところ制度上はそもそも選挙をする必要すらないのです。

民主主義を高らかに掲げるアメリカで、その大統領を選ぶ方法が、どうしてかくも「非民主的」なのか。その大きな理由のひとつが「国家が民衆を信用していないから」です。

たとえば、かつてのアドルフ・ヒトラーの如き独裁志向の政治家がアメリカに颯爽と現れ、大統領に立候補して、国民が熱狂的に支持したとしましょう。かれが大統領になってしまったら、アメリカの国体は民主主義の影も形も残さずに変容してしまうのは目に見えている。ここで、もし大統領が国民の直接選挙で選ばれるのなら、かれはほぼ確実に大統領になってしまうでしょう。しかし、大統領を選ぶのはあくまで選挙人としておけば、選挙人が別の民主的な政治家に投票することで、アメリカの民主政を守ることができます。

アメリカにおいて、民主主義は「多数の国民から支持を得ていること」とイコールではないのです。それとは別の、大多数の国民の意思を拒絶してでも守るべき「民主的価値」というものが存在している。それが何なのか、私もまだ「これ」というものを掴んでいないのですが、とまれアメリカの民主制度は「国民への不信」を根っこにもっている。この矛盾はアメリカの特殊事情なのか、それとも民主主義に通底する「本質」なのか、これは一考する価値はあるかと思います。
スポンサーサイト

0 Comments

Post a comment