エリートが抱えるジレンマ――『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』を視聴して

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新世代が解く!ニッポンのジレンマ

NHKの番組『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』の元日スペシャルは、実に「見物」だった(私が視聴したのは先日の再放送だけれど)。

主なテーマは「Post-truth」。人々が「理性」によって導かれる真実に基づいてではなく、その場その時の好き嫌いといった「感情」で判断するようになり、EUではイギリスの離脱や難民排除の傾向、アメリカではトランプ氏の大統領選勝利に結果した、と考え、そこに社会の分断、特にエリートと大衆(プープル)の間に深刻な亀裂が入っていると危惧する。

番組で討論された内容そのものは、これといって得るものはなかったが、面白かったのが、この番組の出演者と、そこで交わされる討論が、そのまま「苦悩し・恐怖するエリート」の見世物市的様相を呈していたことだ。

出演者は、様々な分野で活躍が期待される若手の学者や専門家。かれらは、それぞれが持つ豊富な知識、難解な概念、各業界の最新情報を駆使して、この「分断」について議論していく。だが、そこで交わされているコトバは、知的エリートの間でのみ通用するもので、はじめからプープルの参入する余地がない。さらに喜劇的なのが、そのエリートたちが診断の末に出した分断への処方箋が「対話」だということだ。

プープルたちが「反知性主義」に流れる――これがすなわち「Post-truth」と呼ばれているのだが――のは、エリートたちが、エリートにしか理解できないコトバで語り、その意味難解なコトバで織りなされたロゴスをこそ、人間が従うべき真実として奉戴しているということだ。そうしたロゴスが充満した対話空間にプープルがコミットしようとしても、エリートたちに言い負かされるのがオチだ。

だから、プープルはエリートのコトバを拒否した。それを、エリートたちは「プープルが理性を放棄して感情に流されている」と認識した。真理を独占するエリートにとって、それは「危険」な現象であり「社会問題」なのだが、エリートが提示する解決法は、結局のところ「エリートによるプープルの啓蒙」、言い換えれば「エリートによるプープルの支配」にしか行き着かず、それがいっそうプープルの反感を喚起することになる。

エリートが、エリートのコトバで「分断」について語れば語るほど、プープルとの距離が拡がってしまうという「ジレンマ」を、当番組は見事に提示してみせた。それだけでも十分な成果であるが、ではどう対応するのか、あるいは、そもそも対応する必要があるのか、といった、さらに一歩踏み込んだ議論が、今後は必要となってくる。私としては、寡頭制的なエリート民主主義を擁護する(分断を所与としつつ、理性の側に付く)か、あるいはエリートとプープルを媒介する新たなロゴスを構築する(その主要な役割を果たすのは、宗教と文芸とナショナリズムであろう)か、まだ舵を切れずにいる。ひとまず、この見通しをつけることが、今年の目標である。
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