アメリカのシリア攻撃は違法であるが故に歓迎すべきであること

シリア国内で発生した化学兵器の使用に対し、まだアサド政権側の攻撃と確定しない段階で、アメリカは報復としてシリア軍の空軍基地へのミサイル攻撃を敢行しました。しかし、本当にアサド政権が実行したのかどうかは、アメリカにとって本質的な問題ではありません。というのも、今回のアメリカの一手は「アメリカの意向に従わない横暴な国家に対しては、アメリカはけして容赦しない」と警告するためのデモンストレーションと解すべきだからです。

とすれば、今回の攻撃が国際法からすると「限りなくクロに近いグレー」であることも、演出として実に効果的だったと言えます。つまり、アメリカは国際法を律儀に守る気などなく、やるとなればそれを踏み破ることも躊躇しない、ということも同時に世界へ示せたからです。

原則論を唱えることが仕事の学者や、自称平和主義者はアメリカの行動に眉をひそめるでしょうが、国際法上唯一の実力機関であるべき安保理が機能しない以上、いずれかの国が「世界の警察」として振る舞わなければ世界秩序の混乱は避けられず、そして現状においては圧倒的な軍事力をもつアメリカ以外に適任はいないのですから、この「違法行為」は、違法行為であるがゆえに、パックス・アメリカーナの恩恵に授かってきた日本をはじめとする国々からすれば歓迎すべきことでしょう。

問題は、当のアメリカ国内で、アメリカが「世界の警察」に復帰すること(オバマ前大統領は、明確に「アメリカはもはや世界の警察ではない」と宣言しました)への不平不満の声がけして少なくないことです。「アメリカが戦争に巻き込まれるのでは」という、昨今の日本でも耳にした不安を抱く国民もいるようで、いくらトランプ政権が「強いアメリカ」を取り戻そうとしていても、かつてほどの積極性は期待できないかもしれません。

となれば、アメリカが同盟国に「相応の負担」を求めるは必定です。先の安保法制によって、日本が集団的自衛権の一部容認に踏み切ったのはその事前準備ですが、もしアメリカがパックス・アメリカーナの維持に乗り気になって、日本もパックス・アメリカーナへのコミットメントを自国の安全保障体制の柱にする方針であるなら、今以上の負担は当然のものとして覚悟すべきでしょう。

※もし「アメリカ帝国」への貢献を拒絶するのであれば、自国の安全を守るために別の手立てを講じる必要がありますが、おそらく「第二の選択肢」を示せるほどの思想家も戦略家も、わが国にはいないでしょうから、パックス・アメリカーナを維持するほかに、日本の選択の余地はないように思います。
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